お知らせ詳細

news ニュース

  • 科目の専門家ゆえの弊害

    2026年3月23日

    専門家ゆえに指導がかえって非効率になることがあります。特に理系の受験生に古文を教える場合、市販の文法参考書は細かすぎることが多いです。動詞や形容動詞なども、実際には「大まかに分かっていれば十分」なのに、過剰に細かい説明がされていることがあります。
    例えば「四段活用」や「未然形」といった知識は、古文を大雑把に読む上では必ずしも必要ではありません。「行く」が「行かず」「行けども」と活用するという事実だけ押さえておけば、読解には十分対応できます。形容詞のク活用・シク活用も、見れば分かるレベルで構いません。

    世の中には、助動詞の接続を覚えるために歌を作って丸暗記させたする指導者もいるようですが、「連用形接続の助動詞を列挙せよ」なる問題は存在しないので非効率的です。
    普通に古文の文章を読んで「行きたり」が正解で「行くたり」が不自然だと自然に分かるので、「たり」は「ラ変以外の助動詞に対しては連用形接続だから」なる接続の細かい知識は初期段階では不要です。やったほうがいいですが、コスパを考えたほうがいいです。
    もちろん、源氏物語のような精緻な古典を正確に読む場合や、助動詞の識別などを考えると、詳細な文法知識は必要になります。しかし、それを最初に詰め込むのは優先順位として間違っています。こうした観点からすると、古文の専門家でも、理系の共通テスト古文を効率よく教えるのは必ずしも得意ではないのだろうと思います。

    受験勉強において「やったほうがいい」という主張は意味がありません。時間に対する効果が肝ですし、順番の問題ですから。