news ニュース
-
努力厨の矛盾
2026年2月17日受験業界や難関大学の学生には、「努力厨」とする考え方があまりにも多く、その姿勢には違和感を覚えます。自分が勉強に打ち込めたのは、単にそれが勉強だったからに過ぎないのではないか――そうしたメタ的な視点が決定的に不足しているように思われます。
努力で何でも目的が達成されるならば、なぜ貴方はプロ野球選手やプロサッカー選手にはなっていないのでしょうか?
野球部やサッカー部やバスケットボール部出身で一流大学に進学した努力厨の方々は、毎日10キロ走り続けたのでしょうか?極限まで筋力トレーニングを重ねたのでしょうか?
限界まで挑み抜いた結果、自らの才能の不足を痛感したのでしょうか?おそらく、そうではないはずです。であれば、自分は偶然にも勉強という分野に適性があったのだ、と自覚したほうが誠実ではないでしょうか。少し得意であったからこそ継続でき、取り組むこと自体が苦ではなかった。その結果として努力が積み重なったにすぎません。
それを普遍的な原理のように捉えるのは誤りです。そこを取り違えないことが重要だと考えます。
我々は、勉強には適性があると思ってますし、適性がない人が努力もできないと思ってますけど、それは人間として仕方ないことだとも感じてます。