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  • 難関大学の現代文のおかしさ

    2026年1月3日

    「英語は意味がない」と言うのであれば、正直なところ、大学受験における最難関レベルの現代文も、同様にあまり意味があるとは思えません。
    中学受験や高校受験の現代文であれば、「文章をきちんと読めているかどうか」という基礎的な読解力のベンチマークとして機能し、そこで差がつきます。しかし、東大・京大・早稲田レベルになると、普通の良問であればほぼすべての受験生が高得点を取り、いわば点数がカンストしてしまいます。

    そのため、難易度を維持するには、

    1.早稲田大学のように、あえて非常に読みにくい悪文を課題文として出し、選択肢で引っ掛ける

    or

    2.東大・京大のように、論述問題を意図的に難解にする

    といった方法を取らざるを得ません。

    そもそも日本語の文章は、ある程度の水準を超えると、要約ができるレベルで「読めてるか/読めてないか」という二択になりやすい性質があります。東大現代文で4割の人と5割の人の間に、文章理解の精度として本質的な差があると考えるのは、かなり無理のある話です。そもそも文章に「4割読めるてる」などありえません。
    日常的な読書において、そのような精密な読解は求められていません。
    この点を踏まえると、英語がおかしいというのであれば、難関大学レベルの現代文もまた、同じ意味で等しくおかしいと言えるのではないでしょうか。あくまで選抜のための試験でしかありません。