news ニュース
-
なぜ学歴が必要なのか
2026年1月3日多くの方は、学力を高め、学歴を獲得することを目的として勉強されていると思います。ただここでは、「そもそもなぜ学歴が社会で必要とされているのか」という点を、少しメタ的に考えてみてください。
経済学者の成田悠輔先生も指摘されているように、もし人の能力を瞬時かつ正確に判断できるのであれば、本来、学歴などは必要ありません。しかし現実には、個々人の能力を正確に測定するには大きなコストがかかります。その都度そのコストを支払っていては、社会は円滑に回りません。
そこで用いられているのが、学歴という「近似値」です。学歴は、能力を完全に示すものではありませんが、判断コストを下げるための代替指標として機能しています。
もちろん、開成から理三、灘から京医に進んだからといって、必ずしも優秀な医師になるとは限りません。ただし、優秀である「確率」が高いことは否定できないでしょう。同様に、一般のビジネスの世界でも、東大・早稲田・慶應といった大学の出身者の方が、無名大学の出身者よりも、平均的には優秀である確率が高い、というだけの話です。
つまり学歴とは、あくまで「確率を高めるための指標」であって、本体ではありません。いわゆる「早慶利確」論に多少の違和感を覚えるのは、中学・高校時代に遊んでしまった人の知的成熟度や教養水準は、ある程度の目を持った人間には見抜かれてしまうからです。その場合、形式的な学歴があっても、実質的な意味はあまり持ちません。民間就職の初期段階のように、形式的なフィルターが強く働く場面では学歴は有効でしょうが、それ以外の局面では限定的だと思われます。
繰り返しますが、学歴は現実的な判断コストを削減するための「次善の策」にすぎません。目的そのものでもなければ、誇示する類のものでもありません。